大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(オ)790号 判決

上告人

東亜精機工業株式会社

右代表者代表取締役

十時雅

右訴訟代理人弁護士

小原望

叶智加羅

東谷宏幸

被上告人

十時英彰

右訴訟代理人弁護士

岡田隆芳

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小原望、同叶智加羅、同東谷宏幸の上告理由三について

十時ミサヲの本件遺言は、原判決別紙物件目録(一)記載の各土地を被上告人に相続させることを内容とするものであり、遺産分割方法の指定と解されるところ、このような場合には、当該遺言でその権利取得を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、当該相続人は、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡時に直ちに当該遺産を相続により取得すると解すべきである(最高裁平成元年(オ)第一七四号同三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号四七七頁)。そして、原審の適法に確定した事実関係の下では、右特段の事情はなく、被上告人は、十時ミサヲが死亡した昭和五六年七月一〇日に、前記各土地を相続により取得したというべきである。この点に関する原審の判断は、被上告人が本件遺言により遺産を取得するには受諾の意思の表明が必要であるとした点において、右と異なるが、結局、被上告人が本件遺言の効果として前記各土地を取得したとしているのであるから、右の点は原判決の結論に影響を及ぼさないものである。原審の判断は結論において正当であり、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、独自の見解に基づき原判決を論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官四ツ谷巖 裁判官大内恒夫 裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平 裁判官味村治)

上告代理人小原望、同叶知加羅、東谷宏幸の上告理由

一、二〈省略〉

三 第三遺言における「相続させる」の文言について

1 仮に原判決例示のとおり、第三遺言が効力を有するとしても、右第三遺言は被上告人に特定の財産を「相続させる」との文言を用いているもので、遺産分割の方法を指定したにすぎないものである。そうだとすると、本件土地は遺産分割の手続きに従って分割が実施されるまでは、未だ亡ミサヲの相続人間での共有状態にあり(東京高等裁判所昭和六〇年八月二七日判決・判例時報一一六三号六三頁、東京高等裁判所昭和四五年三月三日判決・判例時報五九五号五八頁、東京地方裁判所昭和六一年一一月二八日判決・判例時報一二二六号八一頁、札幌高等裁判所昭和六一年三月一七日決定・判例タイムズ六一六号一四八頁)、被上告人の単独所有には至っていないというべきである。

この点、原判決は、本件第三遺言の「相続させる」との文言の解釈については、これを遺産分割方法の指定であると判示しつつも、特定の相続財産を相続人に相続させるという被相続人の意思は遺留分の規定に反する場合を除いては絶対的に優先するものというべきであるから、当該遺言において相続するものとされた相続人がその優先権を放棄する場合を除いては、審判又は判決によっても被相続人の意思を無視することはできないとし、相続人たる被上告人は反訴請求においてその特定の財産たる目録(一)の各土地を取得する意思を表明しているのであるから、被上告人は遺産分割の協議又は審判を経るまでもなく右土地の単独所有権を取得しうるとして、その所有権取得を主張したことが明らかな昭和五九年一二月一四日に目録(一)の各土地の所有権を取得した旨判示している。

2 しかしながら、第三遺言が遺産分割方法の指定であると解した場合には、第三遺言自体によって当然に相続人各人がそれぞれの取得分につき単独所有権を取得しうるものではなく、法律の定める遺産分割の手続において右遺言の指定及び遺留分に関する規定に従って遺産の分割が実施されることにより、初めて、相続開始時に遡って各人への権利の帰属が具体化するものであることは、民法第九〇八条、同九〇九条の規定から明らかであり、原判決は右規定並びに前記高裁・地裁判例等のこれまでの判例法理とも正面から抵触するものである。

この点、原判決は「被相続人の意思は、遺留分の規定に反する場合を除いては絶対的に優先するものというべき」として遺言者の意思の尊重を特に強調しているものであるが、たとえ遺言者の意思が尊重されるべきであるとしても、相続人らの合意のもと、遺言の内容と異なる遺産分割をすることも私的自治の原則のもとで許されないわけではなく、現実に遺言の効力発生後の種々の事情等から遺言の内容と異なる遺産分割協議が整い、右協議に従った遺産分割が実施されることも存するのである。また、本件においては、第三遺言の残余部分のみでは訴外雅の遺留分が侵害されることは明らかであると思われるが、原判決は「遺留分の規定に反する場合を除いては」との条件を付しながら、何らこの点の検討はしておらず、審理不尽、理由不備の違法がある。また、そもそも、遺留分の規定に反するかどうかの判断は個々の遺産の評価にかかっており、判定の困難な場合もあり、遺言による所有権移転に際し、かかる極めて不明確、不確定な条件を付すこと自体問題があるといわねばならない。

さらに、原判決は、被上告人の第三遺言に基づく本件土地取得の時期につき、被上告人が目録(一)の各土地の所有権取得の意思を表明した時をもって所有権の移転時期と判示しているが、右のごとき所有の意思の表明時という曖昧な基準をもって所有権の移転時期を決することは不当である。すなわち、原判決は被上告人が取得の意思を表明している以上、仮に遺産分割協議をしたとしても右協議の中で同じく対象不動産の取得の意思を表明するであろうから、遺産分割手続きを経るまでもなく所有権取得の意思表明時に所有権の移転があったものとの解釈をとったものと思われるが、右解釈は遺産分割前の相続人の意思を遺産分割時の相続人の意思と擬制するもので、過度に相続人の意思を先取りするものとの誹りを免れない。のみならず、もし原判決判示のとおり、被上告人が所有権取得の意思を表明した時に目録(一)の各土地所有権を取得するのだとすれば、遺言の効力発生時から被上告人の所有権取得意思表明時までの間の目録(一)記載の各土地の所有権の帰属、その間の果実収取権の帰属はどうなるのか、全く説明がつかなくなり、遺産分割手続きによった場合には相続開始時に遡って効力が生じ、所有権の移転時期についても一義的に決っせられるのに比して著しく均衡を失することとなる。さらには、原判決判示の「所有権取得の意思の表明」そのものについても、一体いかなる相手方に対していかなる方法をもって取得の意思を表明すれば他の相続人との関係でも右意思表明者が所有権を取得しうるのかという点が全く明らかにされておらず、これでは共同相続人以外の第三者に対して遺言に基づく所有権取得の意思を表明することにより突如として共同相続人との間でも意思表明者に所有権が帰属することになりかねず、著しく法的安定性を害するものである。特に、原審判示の本件における昭和五九年一二月四日の被上告人の所有権取得の意思表明は、共同相続人以外の第三者たる上告人との訴訟の場において、上告人に対してなされたにすぎないもので、右取得の意思は何ら他の共同相続人に対しては表明されていないにもかかわらず、何故に右意思表明によって所有権の移転という物権的効果が生ずるのか全く説明がつかないものである。

また、仮に百歩譲って、原判決のごとく遺産分割の実施なしに被上告人に目録(一)記載の土地所有権が帰属するとしても、第三遺言に記載された土地と目録(一)記載の各土地とは地番は同じでも地積等が異なったり、あるいは地番すらも異なるに至っており、もはや同一性を全く有しないものとなっているのであるから、第三遺言のみに基づいて第三遺言の内容を実現(執行)することは不可能である。もし原判決のいうように第三遺言が現在でも有効で遺産分割の実施も必要ないというのであれば、第三遺言のみに基づく執行が可能でなければならない筈であるが、本件においてはもはや原判決の如き無理な解釈を経たうえで判決の執行力に基づいて執行するしかなく、これでは判決をもって全く新たな遺言を創りだすのに等しい結果となって、著しく不当である。

右のごとき種々の矛盾点は、まさに、原判決が遺産分割手続き乃至審判手続きを経るまでもなく、被上告人が所有権取得の意思を表明した時をもって目録(一)の各土地所有権が被上告人に移転するとの理論構成をとったことに起因するものであって、右理論構成がもはや成り立ちえないことは明らかである。前掲の高裁、地裁判例が「相続させる」との文言の解釈につき、これを原則として遺産分割方法の指定と解すべきとし、かつ、遺言の対象不動産の所有権の移転時期については、民法第九〇九条の規定どおり遺産分割が実施された段階で遺言の効力発生時に遡って所有権移転の効力が生ずるものとし、右遺産分割の実施がなされるまでは、対象不動産は共同相続人の共有状態にあるとの考えを一貫してとってきたのはまさに、原判決のごとき考えをとった場合に生ずる所有関係の不明確さや法的不安定性を避け、法的関係を明確化させる狙いがあると考えられ、現在でも理論的に支持されるべきである。原判決は民法第九〇八条、同九〇九条の解釈につき全く独自の見解を表明するものか、もしくは右規定の存在を無視するものであって法令の解釈適用上重大な誤りを犯していることは明らかというべきである。

四ないし八〈省略〉

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